人生にはフィードバックを。
やっほー!
こんな挨拶をする人もだいぶ減りましたね。
大人になるにつれて、色々と変わってくるものです。
何が変わったのか知らないけど
人生はたくさんの選択肢から成り立っている。
例えば、どこの大学に入ろうか、はたまたどこに入社しようか
もっと簡単な例から言うと
水を飲むかコーヒーを飲むか
肉を食べるか魚を食べるか
もし僕が今日肉を食べず魚を食べていたら、水じゃなくてコーヒーを飲んでいたら、人生が少し変わっていたかもしれない
色んな選択肢があるなかで、僕らは選択をして生きている。
それに対して誰もフィードバックをくれないのは非常に不親切じゃないか?
例えば大学のレポート
出したら成績が帰ってくる。全力を出したレポートの評価がCだった。
それだけだったらきっと次もCである。
いったいどう修正をすれば良いから分からないからである。
例えば就職活動の面接で落ちた。結果はメールで知らされる。
僕らは「縁がなかった」という言葉で受け入れるしかないのだ。
そこにフィードバックがないから。
全ての選択にはフィードバックをするべきである。
フィードバックを受け、改善していくことこそが大事なのであって、レポートを書くことは重要ではない
テストは受けた後に、自分の実力、強み弱みを把握し、今後に向けて復習することが大切なのである
テストを受けることが全てではないし、受けっぱなしでは意味がないのだ
今の日本にはそれがない。
社会は全ての選択肢にフィードバックを与えるべきだ。
先日僕はグループディスカッションで落ちた
いったい何が悪かったのか
僕にはさっぱり分からない
この経験を「縁がなかった」で済ませるのは僕にとっても社会にとっても勿体なくないか?
少なくとも僕はそう思う
受かった人からしてみれば「負け犬の遠吠え」にしか聞こえないだろうが
採用試験で落とされることは「社会に必要とされていない」ことと直結する
社会はもっと僕を必要とすべきである